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大阪地方裁判所 昭和58年(モ)3148号 決定

原告

熊野実夫

外一一名

右原告ら代理人

阪口春男

井上善雄

辻公雄

東畠敏明

藪野恒明

河田毅

島田和俊

山川元庸

阪口徳雄

國本敏子

佐井孝和

田中泰雄

被告

右代表者法務大臣

秦野章

被告指定代理人

野崎彌純

外六名

主文

原告ら、被告間の昭和五六年(ワ)第七、〇六七号国家賠償請求事件について、当裁判所が昭和五八年三月二五日付をもつてなした別紙目録記載の各文書の提出命令は、これを取り消す。

原告らのなした右各文書の提出命令の申立を却下する。

理由

一原告らは、「通商産業大臣は、関西電力株式会社、大阪瓦斯株式会社(以下、「関電」、「大阪ガス」という。)からそれぞれ電気、ガスの料金値上げ改定を内容とする供給規程変更の認可の申請を受け、適正な手続を履まず、適正な原価査定も行わぬまま、昭和五五年三月二一日、右各事業者に過大の利潤をもたらすような価格変更を認可した。よつて、独占企業体たる右関電、大阪ガスと電気、ガスの供給契約を結んでいる原告らは、不当に高額の料金の支払を余儀なくされ、損害を被つた。」と主張し、被告を相手方として損害賠償請求の訴(昭和五六年(ワ)第七、〇六七号)を提起し、この訴訟において、別紙目録記載の各文書につき、所持者を被告とし、同記載のとおり、「証すべき事実」、「提出義務の原因」を開示して提出命令の申立をなした。

二当裁判所は、昭和五八年三月二五日付をもつて、右申立を認容し、別紙目録記載の各文書の提出命令をなした。

三被告は、提出命令を不服とし、当裁判所に抗告状を提出して大阪高等裁判所に即時抗告を申し立てた。

被告の主張する抗告理由の要旨は、「原判決が本件各文書について、いずれも民事訴訟法第三一二条第三号後段の文書に該当するとして文書の提出を命じているところ、原告らの本件各文書にかかる文書提出命令の申立は、証すべき事実及び文書の趣旨の具体的記載を欠く不適法なものである。また、原告らと被告との間には同号後段にいう法律関係は存せず、右各文書は、原告らと被告との間の法的地位を基礎づけるものとして両者の直接又は間接の関与によつて作成されたものでもなく、行政機関の内部的文書であるから、同号後段の要件にあたらない。更に、右各文書のうち物価安定政策会議特別部会議事録については、被告は守秘義務を負つている。したがつて、被告は本件各文書について提出義務を負つていないにもかかわらず、これらを看過して被告に右各文書の提出を命じた原決定は違法である。」というのである。

四右即時抗告は、理由がある。

別紙目録記載の本件各文書のうち、物価安定政策会議特別部会議事録は、閣議決定によつて事実上設置された内閣総理大臣の私的諮問機関である同会議のうちの特別部会における非公開の席上委員の表明した意見及び討議の内容、結果を記載したものであり、また、査定報告書は、通商産業省内部において、同省の係官が所定の算定要領により料金改定申請を査定した結果を通商産業大臣及び関係閣僚会議等に報告した文書であり、要約にかかる公聴会調書は、電気事業法第一〇八条又はガス事業法第四八条に基づき開催された公聴会の内容を通商産業大臣に報告する目的で当該公聴会の議事録を要約して作成された文書にほかならない。したがつて、右各文書は、いずれも、所持者たる被告の行政機関がその意思決定をなす過程においての判断資料となすべく、或いは行政機関内部における事務処理の必要のため作成された固有の内部的文書にほかならず、その内容が所管行政機関外に漏れることを全く予想しないで作成されたものと解される。かかる文書は、民主国家における行政が能う限り受益者たる国民に開かれたものでなければならないという原理を承認するとしても、所持者たる被告国において提出義務を負うべき民事訴訟法第三一二条第三号後段のいわゆる法律関係文書には該当しないものと断ずべきである。

更に、本件各文書は、その内容、作成目的が前記のようなものである以上、挙証者たる原告らの法的地位ないし権利もしくは権限を直接証明し、又はそれを基礎づけるために作成された文書でないことが明らかである。かかる文書は、それが証拠として提出されることが挙証者に訴訟上有利な結果をもたらす可能性があるとしても、民事訴訟法第三一二条第三号前段のいわゆる利益文書に該当するものとも解することができない。

五以上の理由により、別紙目録記載の各文書の提出命令の申立を認容した原決定を取り消したうえ、該命令の申立を却下することとし、民事訴訟法第四一七条第一項に従い、主文のとおり決定する。

(戸根住夫 奥田隆文 石井寛明)

(別紙)

一、文書の趣旨及び証すべき事実

(一) 関西電力料金改定申請及び認可の一件記録から

1、昭和五五年二月二一、二二日開催の本件事案についての公聴会の要約にかかる公聴会調書

これは、公聴会議事録の要約調書である。これにより、陳述人らの意見陳述の内容が不当に要約されていること、通産省が本件査定を行つた際に資料とするには不充分であつたこと、通産大臣が法一〇八条にいう広く一般の意見を聞いたことにならないことを立証する。

2、物価安定政策会議特別部会議事録(昭和五五年二月二五日)

これは、関電等の本件申請内容等についての物価安定政策会議の委員の意見及び討議の結果を明記した書面である。これにより物価安定政策会議特別部会での審議内容を明らかにし、通産省が右特別部会の討議の結果をさえ無視して本件査定を行つた事実を立証する。

3、査定報告書

これは、通産省の本件改定における査定基準たる供給規定料金算定要領により、本件申請を査定した結果を大臣及び物価問題に関する昭和五五年三月一九日の関係閣僚会議等に報告した文書である。これにより、適正な査定に基づかない報告がなされたことを立証する。

(二) 大阪ガス料金改定申請及び認可の一件記録から

1、昭和五五年二月三日開催の本件事案についての公聴会の要約にかかる公聴会調書

これは、公聴会議事録の要約調書である。これにより陳述人らの意見陳述の内容が不当に要約されていること、通産省が本件査定を行つた際に資料とするには不十分であつたこと、通産大臣が法四八条にいう広く一般の意見を聞いたことにはならないことを立証する。

2、物価安定政策会議特別部会議事録(昭和五五年二月二五日)

これは、大阪ガス等の本件申請内容等についての物価安定政策会議の委員の意見及び討議の結果を明記した書面である。これにより物価安定政策会議特別部会での審議内容を明らかに、通産省が右特別部会の討議の結果をさえ無視して本件査定を行つた事実を立証する。

3、査定報告書

これは、通産省の本件改定における査定基準たる供給規定料金算定要領により、本件申請を査定した結果を大臣及び物価問題に関する昭和五五年三月一九日の関係閣僚会議等に報告した文書である。これにより、適正な査定に基づかない報告がなされたことを立証する。

二、文書提出義務の原因

(一) 民事訴訟法三一二条三号前段

原告ら消費者は、本来電気・ガスという生活必需商品の取引主体であるが、事業体が独占企業であるため、「選ぶ権利」を奪われている。原告らが既に訴状二ないし三頁及び第二準備書面二ないし五頁でも述べたように、被告には、電気・ガスの供給規程変更申請を認可する際に、消費者の取引条件の決定に参加する権利を十分保障すべき責任があり、本件各文書は、被告が、原告ら消費者に対する右責任に基づき適正な認可を行なうために作成したものである。よつて、右は民事訴訟法三一二条三号前後の「挙証者の利益の為」に作成された文書に該当する。

(二) 民事訴訟法三一二条三号後段

提出を求めている本件各文書は、原告らと関電、大阪ガスとの電気・ガスの取引条件という法律関係を変更させた文書である。被告国は、関電・大阪ガスに生活必需品たる電気・ガスの供給事業を独占せしめており、このため原告らは、必然的に関電・大阪ガスと法律関係を有せざるをえず、かつまた法律関係の内容も国の本件認可処分によつて規定せられている。ところが、本訴は、被告の本件認可処分が既に詳しく主張しているように、内容的にも手続的にも原告ら消費者の利益を侵害する違法なものであるとして、本件認可処分により蒙つた損害について損害賠償を求めている裁判である。そして、本件各文書は、被告の本件認可手続の過程において作成されたもので、認可処分に際し、法規にその作成が規定されている文書か若しくは査定上必要とされる文書であつて、法令上その作成が予定されている文書である。

元来民事訴訟法三一二条三号後段が設けられた趣旨は、挙証者が立証に必要な文書を所持せず、これを所持している相手方が任意提出をすることが期待できない場合に挙証者の不利益を救い、ひいては訴訟の事実発見を期するとともに、他面所持者の利益とのバランスを考えた上で、提出を強要すべき文書の範囲を限定して「挙証者と所持者との間の法律関係につき作成せられた文書」としたものである。従つて、「法律関係につき」作成された文書とは、挙証者と所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係の形成過程において作成された文書やその法律関係に関連のある事項を記載した文書も含み、挙証者と文書所持者とが共同で直接又は間接に関与して作成された文書だけでなく、所持者が単独で直接又は間接に関与して作成したものでも差支えないと解される(大阪高決昭和五三年三月六日高民集三一巻一号三八頁、大阪地決昭和五三年三月三一日判時九〇七号八一頁、東京高決昭和五四年九月一九日判時九四七号四七頁、菊井・村松コンメンタール民訴Ⅱ三七九頁以下、斎藤秀夫判タ二八三号九〇頁等参照。)また文書の作成が法令上予定されているのは、行政上の審査の適正を担保しあわせて後日のために審査の証拠を残すためであるから、その審査の適否が争われている場面では、行政庁にはその内容を秘匿する自由はない(東京地決昭和四三年九月二七日行裁例集一九巻八、九号一五二三頁、東京高決昭和四四年一〇月一五日行裁例集二〇巻一〇号一二四五頁、竹下・野村判時八〇四号判例評論二〇六号一二一頁参照)。更に行政資料の公開は、行政訴訟において特に客観的真実究明のために必要とされるだけでなく、本件のように、本来取引主体である原告ら消費者の取引条件の決定に参加する権利を保障すべき責任を有する被告がそれを違法に怠つている場合には、行政の適正さを担保することが必要であり、その意味で本件各文書を内部的文書と解すべきではない(高松高決昭和五〇年七月一七日判時七八六号四頁、前掲竹下・野村一二三頁、小林秀之・判時九九二号判例評論二六六号一四九頁以下参照)。

よつて、本件では、文書提出義務の原因の存在は明らかである。

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